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仙台高等裁判所 昭和36年(ラ)82号 決定

抗告人 一力次郎

訴訟代理人 太田常雄

主文

原決定を取り消す。

抗告人を処罰しない。

理由

本件抗告理由は別紙記載のとおりである。

よつて判断するに、記録によれば、原裁判所は、抗告人は社団法人日本エービーシー協会の理事であるが、(一)昭和三五年一月四日(同年一一月四日の誤りであることは記録から明らかである。)理事が死亡し、(二)昭和三六年一月二五日理事が退任し、(三)同年三月一七日理事が就任したので、それぞれ法定の期間内にその旨の登記手続をしなければならないのにこれを怠り、昭和三六年七月二五日に至つてその手続をしたものであるとして、抗告人を(一)の事実につき過料金二〇〇円、(二)(三)の各事実につきそれぞれ過料各金一〇〇円に処したものである。

ところで、法人の変更登記手続を定めた非訟事件手続法第一二一条によれば、民法上の法人に関する登記事項に変更を生じた場合、変更登記申請をなすべき者は理事(あるいは仮理事)であるとだけ規定している。そしてこの場合理事の権限等については実体法である民法の規定に譲つたものと解されるところ、民法第五三条、第五四条によれば民法は理事は原則として各自法人の事務につき代表権限を有するものとしているが、例外として定款または寄附行為あるいは総会の決議によつて右代表権限が制限されることのあり得ることを規定している。右によれば登記事務も法人の事務であるから原則として各理事が当該法人を代表して行い得るわけであるが、定款等で代表権限が制限されている場合は理事であつてもこれを行い得ないものというべきである。(直接取引に関しない本件において民法第五四条の適用ないし準用のあるべきいわれがない。)それなら非訟事件手続法第一二一条は理事に当該法人を代表する権限のある通常の場合を前提として、これに変更登記申請義務のあることを定めたものであつて、たまたま定款等で理事の代表権限が制限されていて登記事務を行い得ない場合までをも予想したものでないと見るのが相当である。このことは実体法(商法)上の制度として代表役員(代表社員、代表取締役)の定めのある合名会社、株式会社等の変更登記の場合については非訟事件手続法第一八〇条、第一八八条が変更登記をなすべきものを特に代表役員と定めていることからも裏書される。

そこで右を本件について見ると、記録添付の前記社団法人エービーシー協会の会員名簿によれば抗告人は同協会のいわゆるひら理事であるが、その定款によれば、同協会においてその代表権限ある者は会長一人(ただし会長に事故あるときは副会長、会長および副会長に事故あるときは専務理事)であつて、ひら理事は単に理事会の構成員として所定事項の審議決定に参画するに過ぎず、いかなる意味においても同協会を代表する権限を有しないことが認められる。それならこの場合非訟事件手続法第一二一条によつて変更登記申請をなすべき者は原則として右会長一人であつて、ひら理事である抗告人にはその義務はないものというべきである。

そうだとすると、原裁判所が抗告人に右義務あることを前提として法定期間内に変更登記申請手続を怠つたものとしこれに対し冒頭掲記の過料の制裁を科したことは不当であるといわなければならない。

よつて民事訴訟法第四一四条、第三八六条に従い、原決定を取り消し、抗告人を処罰しないこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村上武 裁判官 上野正秋 裁判官 新田圭一)

抗告の理由

一、決定理由によれば、抗告人は社団法人日本エービーシー協会の理事であるが、判示理事の変更事実をそれぞれ法定の期間内にその旨の登記手続をしなければならないのに、これを怠り、法定期間を経過した数ケ月後に至つてこれをなしたというのである。

二、しかしながら、抗告人は右法人を代表して登記手続をなす権限(義務)はない。即ち右法人の定款第十四条第一項によれば「会長はこの法人を代表し、会務を統轄する」とあり、右登記義務期間中の右法人の会長は渋沢敬三氏であつて、抗告人は定款上代表権のない単なる理事にすぎない、抗告人の定款上の権限は理事会の構成員となり(定款第二四条)所定事項を審議決定すること(同第二十五条)ができるにすぎないものである。

三、従つて、本件登記手続をなす権限のある理事は右法人を代表する理事即ち会長渋沢敬三氏一人であり(本件第一事実の亡飯田理事が専務理事であつたが現在欠員)、抗告人には代行権限すらも与えられていない。若し抗告人が右法人を代表して登記手続をなせば定款違反となり、抗告人は何等かの制裁をうける運命にあるものである。

四、なお、民法第五四条には、理事の代理権に加えた制限は善意の第三者に対抗できない旨規定されているが、この規定は、抗告人の有する定款上の権限を拡張するものではなく、善意の第三者保護の規定にすぎないから、これをもつて抗告人に登記権限(義務)ありとなすことはできない。

五、よつて、裁判所が右無権限の抗告人に対し前記登記手続懈怠を理由に本件過料に処したのは明らかに不当であるから抗告の趣旨記載の裁判を求めるため本件抗告をなす次第である。

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